「お風呂あきましたよ」

私の相方、俗っぽく言うとダンナ、普通には、夫がそう声をかけてきた。
新妻らしく旦・那・さまと愛らしくいったら
なんか痛ましいものを見る目で私を見てくれるニクイやつである。
結婚式の時には普通に照れて可愛らしかったのに。まぁいい。
お風呂があいたということなので
冷めないうちに入るべきなのだが、今の私にはやるべきことがある



<貴方を食べたい>



「……というわけで交尾を終えた雄メスによって食べられてしまうのです。
これは産卵のために栄養をつけるためであり……」
ソファーに座ってテレビでやっているある種の昆虫の食べられる雄と食べる雌の話をじっと見る私
 テレビのナレーターが淡々とその話について言う。しかし……

「早く入ってくれないとお風呂冷めてしまいますよ?」

濡れた髪を拭きながらやってきた相方が私の隣に座る。
風呂上りというものは多くの人間を色っぽくするものだが
わが伴侶殿も例外でなかったらしく、いつもより色気が増している。
いいぞ夫。流石だ夫。ハァハァもんだぞ夫。
そんなことを思いながら表情にださず、常日頃のように答える。

「ありがとう。うーん、でも、これみたいから後ではいる。もうエンディング近いし」

「そうですか、早く入ったほうがいいと思いますけど……で、何を熱心に見ているんですか?」
夫が聞いてくる。うう、やはり風呂上りの夫は色っぽい…………喰べてしまうか?
そんなことを考えながら夫に答える

「妻が夫を食べる話」

「……」

夫がどう答えていいのか困っているような表情をしている

「なにか私にご不満ではおありなのでしょうか」

ちょっと心配そうに聞いてくる。
くう、かわいらしくていいぞ夫。

「いや、そんなことはないよ?ただ単に何で食べるのかを色々考えてみて興味深いなぁーと。」

「なんですか?確かそれは出産のための栄養作りとかじゃないんですか?」

「いやいや、他にも色々あるみたいだよ?例えば求愛に行ったオスが
気に食わないからとか、求愛に来たオスが獲物に見えたとか」

「オスの立場っていったい……」

ちょっとへこんでる夫

「いや、メスのほうが体大きかったり、強い場合が多いからねぇ。
でも、オスだってやることはやってるよ?
たとえば自分がしとめた獲物を持っていってそれをメスにあげるの
で、メスがそれに気をとられているうちに乗っかっちゃって
コトがすんだら急速離脱。っていう例もあるらしいから」

「……」

さらに困った顔をする夫。自然界のロマンスが受け入れられない模様。

「ええと、それで、何が興味深いと思っているのですか?」

「いや、さっき話した食べる理由色々っていうのもあるけど
特に出産の栄養をつけるためにオスを食べるというのについて
いろいろと考えさせられまして。私ももう、出産の可能性があるし、人妻だし」

「……見習わられると非常にいやなんですが。今度は何を考えたんです?」

「今度はって何?」
大体わかってはいるのだがわからないふりをしているといいものが拝めそうだから。

「いや……結婚式のときに色々言ってたでしょうが。
その、あの……変わらぬ愛なんてないけど、永遠の愛はあるかもしれない、とか……」
予想道理の台詞をこれまた予想道理、照れながら言う夫。
うむ眼福眼福。結婚した甲斐があったというもの。

「ああ、あれね。うんいったね。まぁ今回も似たようなこと考えてたのですよ。
出産のための栄養摂取っていうけど他に考えられないかなって」

「どういうことですか?」

「いや、栄養摂取ならもっといい方法がないかなぁって。
例えばオスにあらかじめ餌もって来さすとか、交尾したあと酷使するとか」

「……男の側としては耳が痛いんですが」

「まぁ貴方にはは後でがんばってもらうとして」

「決定ですか……」

ため息をつきながら言う夫。
いや、愛する妻のために働けるんだから喜ぼうよ、夫。

「だから、なんでかなぁ、と思ってその理由を考えてたのですよ。」

「また突拍子もないことを考えますねぇ……で、どういう風に考えました?」

「いやいやそれほどでもね。で考えた結果はね、相手が欲しかったからかなぁって」

「はあ……」

ちょっときょとんとしてるなぁ

「えっとね、相手を独り占めしたいの。
相手を殺してしまえば相手がどこかに行ってしまうこともないし
他の女の人に手をだすことも、とられることもないでしょう。
その上、自分で食べてしまえば、ある意味でずっと一緒であり究極の独占だから」

「……あの非常に怖いんですけど……」

「そう?でも男の人はいろんな人に種まきたがる傾向があるからねぇ。
例え相手が美人で性格が良くても他の方にもご相手願いたいらしいし。
ほら、歌にもあるじゃない。ああーおとこのひとーってーいくつもー愛を持っているのねーって」

ラムちゃんも相手が他の人の間をふらふらしているから電撃をかますのですよ

「なんですか、その歌。」

「うる星やつらの歌。オープニングかエンディングかは忘れた。
まぁ本能的に男が浮気性なのは仕方ないっていう話だけど。
身ごもった子どもは絶対に自分の子どもである女と
ひょっとすると女の子どもは自分の子どもではないかもしれない男。
それに女は一回身ごもったらしばらくはその子どもを産むのでいっぱいいっぱいだけど
男はいくらでも子どもうませられるからねぇ。
せーぶつてきなほんのーってやつでいっぱい産ませたいと。
でもそうだといっても納得できるかとは別問題」

「だから、相手を独占するために食べるんじゃないかということですか?」

「昔から言うじゃない。食べちゃいたいくらい可愛いって」

「でも相手が死んじゃったら一緒にいられないんですよ……」

「それでも相手を他の人に渡したくない、離ししたくないって想いだよ。
おかしいというかもしれないけれども、独占欲ってのは恋愛における重要な要素の一つですから。
そこまでしたいと相手に思われるのも幸せなんじゃない?愛ですよ、愛」

そこまでしたい相手に出会えることもね

「なんか温まった身体が冷えるような……」

「んふふふ、愛とは美しくかくも恐ろしいものなのだよ。だ・か・ら浮気したら食べちゃうぞー」

「しませんよ。……私たち新婚さんなんですからもっと甘い会話とかないんですか……」

「そりゃ、けっこう。んじゃ新婚さんらしいことでもしますか!!」

いいながら夫に覆いかぶさる私。実はさっきからもう辛抱たまらんー

「何するんですか!」


なにって……

「夫婦の夜の営み、子作り」

「何、淡々と言ってるんですか!服を脱がせないで!」

「へっへ、いいじゃないですか、ダンナさーん」

「だめですっ、お風呂が冷めてしまいますよ!」

そんなおなべが噴いちゃう、の次くらいにぐっと来る台詞を吐かれたら止まれんですよ

「これが終わったら入るー」

「さっきも、そういって、後で後でってあんたは子どもですか」

「ぬうー、ならば大人なところを見せようじゃない」

服を脱ごうとする私

「やめなさいってば」

夫がそういって止める。本気で嫌がっているのか?ならばやめないと。夫婦間でも合意は必要だ。

「……本気で嫌ならばやめる。今日はダメかな?」

「……嫌じゃないです。ただ最近、その、こういうのが多い気がして……」

「なら問題ない。私たちは新婚さんなんだから」

照れる夫を微笑ましく思いつつ、長いようで短い夜を楽しむ時間に入っていった


…………こうして私たちの夜は更けていった。
今日も一日、平穏だった。
隣には夫が眠っている。疲れたのかぐっすり眠っている。
風呂に入らねばと、もぞもぞと布団から出ようとした私だが不意に夫の顔を見た
その夫の幸せそうな顔を見た瞬間、唐突に思った。
ああ、私はこの人を愛している、とただその表現だけでは足りないくらいに。
私だけの貴方、食べたいくらいに愛していますと。
そしてその思いを少しだけ外に出すべく寝ている夫に軽くキスをして
すっかり冷めているだろう風呂にはいるべく風呂場にむかっていった。








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