12月某日、某所

「エキサイト☆ナイターーーーーーーーー!!いかがお過ごしですか若者よーーーーー」

一般的な礼儀であるノック、入室の許可を求める言葉などなく
唐突にパンツスーツ姿の若い女がやたらとテンションが高い声をかけると
同時にアパートのドアを開ける。

「……ハナコさん、何度もいってますが僕は花も恥らう年頃の男の子ですよ?
もっと気を使ってくれませんか。率直に言うと青さという名の若さに任せて
将来のための訓練とやり場のない衝動を処理するために
ある種の運動を伴うイメージトレーニングしてることもあるんですから
来る前に連絡ぐらい入れてください。
ノックもせず許可も受けず入ってくるなど言語道断です」

中にいたのは一人の青年というには幼すぎ、少年というにも若い
まさに男の子といった感じの人物だった。その男はみかん標準装備のこたつの中にはいりながら
振り向きもせずテレビを見ながら女、ハナコに声をかけた。


「それに全然、率直じゃないと思うんですがにゃー。要約すると性欲獣ケルビムになっちゃって
一人さみし楽しくプレイにふけるからじゃろか?タローくんや」

ドアの前に立ったままのハナコがおもしろそうにケラケラ笑いながらタロウに言う。


「なんですかその言い方は?素直に手淫とでも言うがいいでしょうに。
まぁ、おおむね、その通りですよ。玄関 開けたらその場でオカズ
……じゃなくて秘密の現場を開け放たれるのは嫌ですし。
露出趣味は今のところない、花も恥らう男の子ですから。
みられないと興奮できないというほど枯れてませんし」

タロウがそれに対して淡々と言う。


「質問に対してお答えしましょう。えっとねー、ケルビムって言うのはねぇ
智天使っていってねぇこの場合の元ネタは孔雀……」

「いやそこは特に聞いてませんから。どうでもいいですけど、入るならさっさと
ドアを閉めて中へ入ってくれませんか?入らないならやっぱりドアを閉めてくれませんか?
つまりはお外から冷たい空気が入ってくるからさっさとドアを閉めろということなんですが。」

相変わらず抑揚があまりない淡々とした口調でタロウがハナコに言う。
しかし、何度も淡々と繰り返すことによってドアを閉めろという意思を強く感じさせる。


「ええい、そんな強調しないでも、わかったよぅ。
んで、この私をほうっておいてナニを見てるのかね?タローくん。」

玄関で靴を脱ぎ、遠慮のかけらも見せず、ずかずかと部屋に入り
タロウが見ているテレビ番組に視線を向ける……そしてたちつくし固まるハナコ。

「クリスマス特集ですよ。もうそんな時期ですから。」


「な、な、なんあ、ななな」

顔を赤く染め、ぷるぷる肩をふるわせるハナコ。

「どうしたんですか?初めて火を見た動物のような顔して。
……わかりやすく言うと、今、不細工な顔をしてますよ」

相変わらずの口調でタロウが言う


「え、ホント?……うわぁ。 ……じゃなくてこんな異教の儀式なんぞイランのじゃよー。
それに今年は中止のはずですよ?」

手鏡を取り出し自分の様子をすこし見て
顔を赤くしそれから気を取り直して憤慨したように言うハナコ

「……何を言ってるんですかあなたは?何処の宗教のまわしものですか。何故、中止になるんですか?」


「え、だってこないだ、ネットで見たよ?国会で否決を喰らったんじゃよ?
それにニュース7のおじ様もそういってるっぽいし」

「……戦わなくちゃ現実と。それは合成でしょうに。それでちゃんと社会人やれてるんですか?」

やれやれと無表情に肩をすくめ、首を振るタロー。
そのしぐさと無表情さはハナコを苛立たせるに十分なものだった


「くぅ、うるさいうるさい、るさいっ!!日本人は天皇誕生日を祝っていればいいんじゃよ!!
国の象徴なんじゃろ?異教の儀式をする前に崇め奉れべきなんじゃよー。2月11日に皇居に向かって敬礼!!」

いきなり怒り出したようにハナコが喋りだす。


「……天皇誕生日は12月23日ですよ。それは建国記念の日。神武天皇が即位したとされる旧暦の1月1日」

「黙れ、黙れ、静かに黙れー。深く静かに黙れ!!ええい、私が悪いんじゃない。
祝日がわからなくなるような職場が悪いんだ。どうせ私は土日祝日の区別なんかないヤクザな商売ですよ!!
月月火水木金金ですか?ヘルプミー労働基準監督官。ここに哀れな労働者がいますよー。
……それにしても問題だね」

「そのいきなりテンションを変えて言った一言で
今までの発言と錯乱ぶりをごまかそうとする貴女に尊敬すら覚えますが、何か?」

タロウはいつだって冷静だ。あいもかわらずこたつでぬくぬくとしながら、ハナコの方を見ずに返答する

「天皇誕生日が12月23日とは……クリスマスイブイブじゃないですかぁ、いかん、いかんよ君ぃ。
そんなときに祝日を設定したら……次の日のハッスルハッスルに貢献しちゃうじゃないですかぁ?
下手をすると二日連続で頑張られてしまいますよ?サンタさんのプレゼントは赤ちゃん?
赤ちゃんはコウノトリさんのプレゼントのはずですよ?もしくはキャベツ畑からの贈り物」

「イブイブ……すごい頭が悪い発言ですが、意味わかってますか?
……まあ、それはおいておくとして、別に構わないと思いますが。そうやってみなさんが
欲望のままに動いて消費活動をしてこそ経済は回っていくのですし。金は天下の回り物ですよ」


「駄目に決まってるじゃない!!」


「だから何故に?」


「妬ましいんじゃよー。私達が諸事情により巷にあふれやがるバカップルのように
デートの後、素敵なホテルでギシギシアンアンどころか大手を振って
デートすらできないっていうのに世間の奴らはするんだよ!?
それに私の年齢的なクリスマスは過ぎたんだよ?そこまで残ると三十一、大晦日までは早いんだよ?
それについて君は何も感じないのかね?
親に、いい人はいないのって聞かれるのも正直いっぱいいっぱいなんだよ」

「といわれましても。僕にはどうすることもできませんし。非常に残念ですがまだまだ子どもですから」


「くぅーー、この私がこんなに私達のことで悩んでいるというのに君はどうして、そう……」



するといままでハナコのほうを向かずに話をしていたタロウがハナコのほうに
向き直ってハナコの台詞をさえぎって言った。
淡々とした口調は相変わらずだったが何処となく熱がこもったような言い方だった

「……すみませんね、ふがいない恋人で。もう少し我慢してくださいよ。いま、結婚できないどころか
恋人らしくギシギシアンアンして発覚すると
都条例どころか刑法的に無条件で強制わいせつが貴女に成立しそうな年なんですから。
もし僕が女の子で貴女が男なら無条件で強姦罪ですし。もう少しまってください……僕が大人になるまで」


「もう少しって言ってもかなりあるよねー。そのころには私、大晦日まじかの売れ残り。
……できみはピッチピッチの食べ盛りで周りにはやっぱりピッチピッチの女の子かー……」

何かを嘆くようにハナコがうつむいてつぶやく

「言い方がおばさんくさいですよ」

「君から見れば実際、おばさんだもの」

拗ねたようにハナコが言う。


「……そんなこと考えないでいいんですよ。見方を変えれば大人の女性と青臭いガキですし。
それに残り物には福があるって言うじゃないですか」

「後半の部分はいわれても喜べないような……」


「いいんです、今、僕は必死に大人になろうとしてるんですから。
貴女は気にしないで。悩みすぎると余計に老けますよ?」

「でもやっぱり、不安だからね。周りもうるさくなっていくだろうし
……田舎だからか今でも結構うるさいからね。
望まれるうちが華だとかいって見合い話持ってくるし。なんか売り飛ばされそうな娘っ子?」


「じゃあ、手付けを渡しておきますから……」

いうなりタロウがこたつを出てハナコに近づく

「え?」


そっとタロウが口付ける

「これが手付けです。払ったからには取りおいて待っててもらいますから」

こんなときでもタロウがいつもどおりの淡々とした口調で言う


「うわー……高いね……私の人生の少なく見積もっても10%以上なのに。
ずいぶん大きく出たね?君の唇一回分は私の人生の約一割分ですか?凄い交換レートだ。しかも拒否権なし」

呆れ顔のハナコが少し嬉しそうに言う


「乙女の純潔は重いって言うでしょう?男女同権の世の中ですから清らかなる少年の唇も重いんです。
大丈夫ですよ。待っててくれたらちゃんとした代金払いますから。貴女を後悔させないだけの」


「童貞と処女では取り扱いがまったく違うと思うけどね、世間での価値。で、なにをくれるのかな?」



「貴女と私の幸せを。もちろん、その暁にはナニも差し上げますが」


「……エロガキー。エッチなのはいけないと思いまーす」

「男がエッチじゃないといけないとおもいますよ?」
  

「ふふんだ。あー、なんかもうどうでもよくなってきたー」

なんだか脱力したような表情でハナコが言う。


「お茶でも入れますから、今日はゆっくりしていってください。、うちの親、いつものごとく遅いですし」


「そだね……とりあえず今日は、そうしよっか。」

「ええ、そうしてくれますか?」


「うん、そうしてあげるよ。ただねぇ……」

茶をいれにいったタロウに背を向けてハナコが言った


「はい?」



「ちゃんとた責任とってもらうから良い男になるんだよ!」

そういって彼女は、
会話を打ち切るようにテレビに見入っているふりをずっとしていた。


タロウはそんな彼女をいとおしく思いつつ
そんなそぶりもみせず美味しいお茶を入れるために急須を温めにいった








inserted by FC2 system